[雑記] 結局症候群 (川津)

本を楽しく読みたければ、「結局どうなったの?」という問いは心にしまっておく必要があります。(川津)

前回、記事を書いてから、面白いことはちょくちょくあったのです。
ラビットファーの耳当てがヒョウ柄に染められていたり、ペットショップで仔ヘビがイナバウアーの体勢で爆睡していたり、街路樹がなぜかメガネをかけていたり、command promptと打鍵したら「小窓」になってしまってあながち間違ってもいなくてニヤニヤしたり、そんなことがチマチマとありました。
そんな有象無象の出来事を、ブログ用のネタとしてこれまたチマチマと書き溜めていたのですが、そうぱぱっと書きあげられるものでもありません。平日の夜にチマチマ書いて、そうして溜まった書きかけを先の休日にもう1度見直しました。

そうしたら・・・

 

さっぱり面白くなかったのです。

 

つまり、ラビットファーの耳当てがヒョウ柄に染められていた話は、どこまで行ってもラビットファーの耳当てがヒョウ柄に染められていた話に過ぎず、ペットショップで仔ヘビがイナバウアーの体勢で爆睡していたのもただそれだけのことであり、街路樹がなぜかメガネをかけていた件も然り、commandと打鍵したら「小窓」になってしまった話も普通によくある誤変換ネタなのであります。いまいち広がらない。もちろん多少は広がりますが、十分に広がってはくれなかったのです。

さて、そんなことをやっていたら、また学生の時に一瞬だけマイブームだった言葉遊びを思い出したので、今回はそのことについて触れます。

物語を一言で言い表す遊び」です。

たとえば傑作大長編ファンタジーの『指輪物語』を例にとりましょう。相当なボリュームですが、読み通した人も多いと思います。たくさんの魅力的なキャラクター、主人公の自我と指輪の意志の葛藤。真の友情、強大な敵。絶望的な戦闘と奇跡の援軍。果たして世界の運命は、このサーガの結末やいかに!

 

「指輪物語って読んだ? どんな話だった?」

指輪を火山に捨てに行く話だったよ」

「へー!!」

 

この残酷なまでのあっさり感を楽しみます。ちなみにこの調子でいくと、竹取物語は「月出身のお姫様が月に帰る話」、西遊記は「高僧が教典をもらった話」、シンデレラは「いじめられっ子が王子と結婚する話」になります。物語の山場をあえて切り捨てるのがコツです(コツは今思いつきました)。

さて、試しに先ほどの話に戻ってみます。たとえば「ラビットファーの耳当てがヒョウ柄に染められていた」話にしましょうか。
今までの法則に則り、ラビットファーが主人公、ヒョウ柄に染められることが物語の結末、そして切り捨てられた山場も実は存在すると思って見てみると、この話もけっこう良質なストーリーであった可能性が見えてきます。
「ラビットファーが主人公」という意味不明ささえ最初に乗り越えられれば、このラビットファー氏がいかなる経緯で耳当てとなったか、まさかのヒョウ柄に染められてしまった経緯とは、そしてヒョウ柄に染まるにあたり、さまざまに揺れ動く心、欺瞞と裏切り、その中で見えてくる真の友情、淡い恋心、今明かされる驚愕の真実、誰にも止められぬ最後の戦いなどなど、心躍る要素が隠されていたかのような気分に段々となってきます。そしてそれは、まだ誰も読んだことのない物語なのです。
1つ難があるとすれば、それを読むことが自分ですら不可能であるという点でしょうか。

ちなみに実際的な話をすれば、ラビットファーがヒョウ柄に染められた経緯は、「パリコレ」、「マーケティング」、「商品企画会議」の3語ですべて説明が付くと思われます。あっさりはあっさりですが、私の欲しいあっさりはコレジャナイ。