[雑記] 日が沈むときを待ちながら (光留)

どういうわけか、姪がすごくなついてくれるのです(庶務課、光留)。

私の人望獲得能力、人間関係構築能力は著しく低いことは、前回の記事の最後にも書きましたとおり、また、このブログでも何度か書いてきたとおりでございます。現在三十云歳。結婚式に呼ばれた回数、わずか2回(うち1回は2次会のみ)。ポケモンで好きな技は「からにこもる」。人生最大の武勇伝は、年賀状の枚数で犬に負けたことでございます。最近は、会社から友人の翻訳者を紹介してくれと言われることもなくなりました。そもそも友人が少ないのです。温かいご理解に感謝いたします。

 

そんな次第ですので、人付き合いは年を経るごとに先細る一方なのですが、ここ最近で増えた付き合いが1つありました。義実家との付き合いです。今回は、その義実家で会った姪とのお話をしましょう。

それは結婚1か月前。別々の国に赴任している義理の兄と義理の妹がどちらも帰国するタイミングで、初めて義実家にお邪魔したときのことでした。義理の兄一家には子供が2人いて、下の方の子が姪です。この姪が、それはまぁ人見知りなのでした。義理兄嫁(つまり母)以外では、誰が抱っこしてもまず泣いてしまうのです。そして、ほかの人が「おいで~」と言ってもまず来ない。それがなぜか、私だと抱っこしても泣きません。さらに、呼ぶとこちらにやってくる。ロクにコミュニケーションの取れない私が義実家で一目置いてもらえたのは、ひとえにこの姪がなついてくれたおかげと言っても過言ではありません。

このことは先月にお邪魔したときも同じで、ギャン泣きしているところを私が抱き上げると泣き止む、自分から「これよんで」と絵本を持ってくるなど、ミラクルを次々起こすことになりました(ちなみに絵本は中森明菜かというくらいにボソボソ読みました)。

 

そうなると当然起こるのは、「なぜなのか」という疑問です。

子育ての経験などないわけですから、子供の扱いに長けているということはないはずです。子供好きかどうかはあまり考えたことがないのですが、比較対象として妻(子供好き)を考えてみると、自分をそのカテゴリに当てはめるのは厳しい気がします。むしろ、扱い方がよくわからない。先月だけで言うなら比較的若い男が私だけだった説が有力ですが、その前は義理の妹の旦那さんもおり、彼に対してもそこまでなついていたかというと、ちょっと違います。

 

そこで現在私が推しているのは、「コミュニケーション困難者同士のシンパシー」仮説です。

思えば昔から、ある種の人間とは非常に馬が合ったものでした。アクセルを踏むべきところでブレーキを踏まずには居られないような、流れについていけない生き辛さ。10の気持ちを表明するのに3の言葉しか知らない噛み合わなさ。わかったようなわからないような表現ではありますが、そんな不器用さを抱えた人たち。今の姪もまた、そういう人種なのかもしれません。

もっとも、姪はまだ幼児です。人は大きくなるにつれ、程度の大小はともかく器用になっていくもの。

順調に行けば、彼女がもう少し大きくなって、もう少し言葉を身につけたときには、今(きっと無意識に)抱えているモヤモヤしたものがきっと、何事もなかったかのように霧消していくことでしょう。

そのときの彼女の目には、私がどのように映るでしょうか。自分が既に解決した(または折り合いをつけることができた)ものに依然として縛られ続けている人間が。

私は、そんなことを想像します。そして、「喜ばしいことに違いないな」と思うのです。

私はやっぱり、今日もブレーキを踏んでいるのです。