新人なのだから空気を読んだほうがいい

先月、通訳案内士試験の二次試験対策の教材を読んでいたところ、以下の文面が目に飛び込んできました(庶務課、光留)。

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日本人が忘年会に参加する回数は、仕事の同僚とが1~2回、親しい友人とが1~2回、家族や親戚とが1~2回といったように、複数であるのが一般的

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えっ・・・、そんな日本知らないんですけど・・・。毎年会社の忘年会(と称したランチのこともある)があるかないかの2択なんですけど・・・。回数が0か1かのバイナリなんですけど・・・。C言語で書くと、

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if (KaishaBonenkai == FALSE)
{
printf(“I am afraid I have no bonenkai this year”);
}

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といった感じなんですけど・・・。

 

・・・というわけで、年の瀬でございますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

私はこの間の日曜に、年賀状の準備を済ませたところです。この文脈で書くと「出す人がいるのか」との声も聞こえてきそうですが、出します。4枚。一枚一枚手書きですので、それなりに手間がかかりました。枚数的には、前年比200%UPですしね。

 

お年賀もメールで済ますことが多くなった昨今ですが、当ブログをご覧のみなさま、年賀状は出したほうがいいですよ。

あれは遡ること10年以上前。高校1年生だった頃のことです。我が家は住み慣れた町から引っ越し、新たな土地で新たな生活を始めることになりました。念願の一人部屋。駅から徒歩10分圏内の立地。総じて言えば、「引っ越してよかった」と思えることばかりでした。同じ都内の引っ越しでしたので、転校の必要もありませんでしたからね。

それより何より、ペット可のマンションだったため、6人目の家族として新たに犬を迎えることができたのが嬉しかったのを記憶しています。母が38,000円という破格の値段を見て衝動買いしたその犬は、やがて立派な「うちの子」として家族の中心となっていったのでした。

ただ、怠惰な私は、中学の同級生に引っ越しのことをほとんど伝えていなかったのです。当時は携帯電話の普及度もクラスで所持しているのが半分くらいという程度で、しかも私は持っていない方の人間でした。ですから、住所や自宅電話が変わってしまえば、つながりを保つ手段がほぼ消えてしまうことになるのでした。

で、その翌年。私のもとに届いた年賀状はわずか1枚という次第で。自分から出せばよかったとお考えの方もあるかもしれませんが、なぜか仲の良かった人に限って住所を知らなかったのです。

 

しかし、問題は犬ですよ。言うたらアイツ、ぽっと出の新人じゃないですか。

なに自分名義で2枚ももらっちゃってんの、と。

2-1で犬の勝利ってお前、と。

おかげでこのシーズン、実家に帰るとちょいちょい言われるんですよ。

年賀状、犬の方が多かったときあったよね」って。

ですからみなさま、年賀状は出したほうがいいですよ。

 

私の方からは以上です。よろしくお願いいたします。