使い古された「包括的」

ITベンダーのWebサイトを訪れると、「包括的な」という形容詞をとてもよく目にします。曰く、「包括的なセキュリティソリューションで万全の対策を」、「現代のインクルーシブな職場に欠かせないのが包括的なコミュニケーションソリューションです」、「貴社のビジネス変革をサポートするXXXの包括的なクラウドサービス」などなど。「包括的な」を含むフレーズは、特に海外ベンダーの日本語版Webサイトに多く見られ、いかにも翻訳調を感じさせます。
実際のところ、これらの「包括的」という言葉は何を表したいのでしょうか。

 

セキュリティにおける「包括的」

セキュリティ分野における「包括的」とは、脅威対策・情報保護・環境管理・信用評価・監視と調査・コンプライアンス対策・事業継続といった要素のすべてに対応していることを表しています。また、最先端のソリューションなら、テレワーク社員の作業環境を含めたセキュリティ態勢や「すべてのトラフィックを信頼しない」というゼロトラストモデルを実現できることも求められます。
さらに、「包括的なセキュリティ」の意味は、「分野横断的」「領域網羅」だけにとどまりません。脅威は絶えず変化しており、日々未知の脅威が生み出されています。セキュリティ分野の「包括的」には、「未来の変化にも対応する」という意味も込められています。

 

コラボレーションにおける「包括的」

コラボレーション分野における「包括的」は、チャット・音声通話・ビデオ会議・プレゼンテーション・ソーシャルネットワーキング・コンテンツ作成・ワークフロー標準化・トレーニング・情報共有・申請と承認・スケジュール管理・イベント開催・連絡先などの要素を含んでいることを表しています。
場所、時間、デバイスの違いを意識せずに、1つのソリューションでリアルタイムのコミュニケーションや多種多様なコラボレーションを図れるのが、「包括的なコラボレーションソリューション」です。最近では、メタバースやVR空間で行う多拠点間バーチャルコラボレーションの機能を備えたツールも登場しています。
日本語版Webサイトでは、「エンドツーエンドのコラボレーションツール」とうたっているのもよく見かけます。

 

クラウドにおける「包括的」

「包括的なクラウドサービス」が表す範囲は、クラウドの戦略立案・選択・導入・移行・運用・管理・保守・拡張から、セキュリティ・アプリケーション開発・ビジネス支援まで、多岐にわたります。対象となるのも、大手パブリッククラウドだけでなく、オンプレミスに構築されたプライベートクラウドや複数のパブリッククラウドを組み合わせて活用するマルチ クラウド/分散クラウド/ハイブリッドクラウドも含まれています。さらには、Kubernetesなどのコンテナ技術、マイクロサービス、DevOpsや、Infrastructure as Code(IaC)、オブザーバビリティ(可観測性)、AIOpsといった最先端テクノロジも欠かせない要素になりつつあります。
ベンダーによっては、このような総合性を「一気通貫」といったフレーズで表現しているところもあります。

 

AI翻訳/機械翻訳ではどうか?

ここで、「包括的であること」をアピールする、ありふれた英文をいくつかの自動翻訳サービスにかけてみましょう。どんな表現が使われるでしょうか。

原文:Our comprehensive security solutions will keep your company safe.
A社:当社の包括的なセキュリティソリューションは、お客様の会社を安全に保ちます。
B社:私たちの包括的なセキュリティソリューションは、あなたの会社の安全を守ります。
C社:私達の包括的なセキュリティソリューションはあなたの会社を安全にしておく。

なんと、3社すべてで「包括的」が使用されました。このフレーズがいかに陳腐化した表現であるかがわかります。
文章の大意をざっくりつかむのには使える場合もある機械翻訳ですが、製品をアピールしたい場面で機械翻訳の訳文をそのまま使用しても、読み手に刺さるコンテンツになるとは言いがたいでしょう。

 

「包括的」に代わる表現

では、「包括的であること」を表したい場面で「包括的」以外の表現を使うとすれば、どんな手があるでしょうか。ここでは、その一部をご紹介します。

 

1. 辞書に載っているような「包括的」の類義語を使う

多くの翻訳会社がとっている手法で、「comprehensive」や「holistic」の意味として辞書に載っている言葉や、その言葉の類語を用います。たとえば…

  • 総合的なセキュリティソリューション
  • 広範囲にわたるコラボレーション
  • オールラウンドのクラウドサービス
  • すべてが揃ったソリューション
  • これさえあれば他に何もいらない
  • オールインワンセキュリティソリューション
  • 一体型のマルチクラウドサービス
  • 貴社の懸念に満遍なく対応できるトータルソリューション

 

2. 対象のサービスの機能やメリットから考える

この手法も、ごく普通によく使われます。たとえば…

  • 貴社のあらゆる課題に対処するセキュリティソリューション
  • 全従業員を余すところなくカバーするコラボレーション
  • 社内で採用しているクラウドタイプを網羅するサービス
  • いつでもどこでもコラボレーションが可能
  • 企業のクラウド戦略を全方位的に支援
  • 社内を360度俯瞰できるモニタリングツール
  • どんなミスも見逃さない校閲支援ソリューション
  • 全領域の一元管理で担当部門の負担を軽減
  • 抜け穴ゼロ! コーポレートガバナンス徹底ツール

 

3. あえてミスマッチな表現と組み合わせる

「普通はこの文脈では使用しないような表現」を使用します。狙いすぎているきらいもあるため、使いどころは限られますが、あえて違和感を持たせるインパクト重視の手法です。たとえば…

  • 未知の脅威もしっかり防ぐ! 鉄壁要塞セキュリティ
  • リアルもバーチャルも完全網羅! マルチバースなコラボレーションツール
  • 足りないものが何もない桃源郷級クラウドサービス
  • 全球的ネットワークモニタリングサービス
  • XXのソリューションを活用してセキュリティを丸投げ
  • 討ち漏らしゼロへ! AI支援型CRMソリューション

 

4.新しい言葉を作る

とはいえ、上記程度はどの翻訳会社も考えますので、新奇性を狙うなら、いっそ造語という手もあります。成功すれば、イメージにぴったりで、なおかつ大きな印象を残せます。はずすと痛々しいですが…。たとえば…

  • 電網恢々モニタリング
  • 全社あうんコラボレーション
  • 満天のクラウドソリューション
  • フルベクトルのセキュリティサービス
  • 死角なしのタクティカル営業ソリューション
  • 万能不落のセキュリティ態勢
  • 以心電信コラボレーションツール

 

おわりに

いかがでしたでしょうか。上記以外にも、翻訳会社は、純粋な「翻訳」の枠を超えた手法をいろいろ持っていますので、日本語版サイトの陳腐化にお困りであれば、ぜひ一度お話をお聞かせください。
また、本シリーズの下記記事もぜひご覧ください。

シリーズ「外資系企業を、ダサく伝えてしまう翻訳」