こんにちは。テクノ・プロ・ジャパンの法務翻訳担当です。今回は助動詞shallについてです。

もうはるか昔のことですが、どこかのWebサイトで「shallは義務を示すものなので、必ず『ものとする』と訳す」といったようなことが書いてあるのを見たことがあります。そこまで極端なのはまれだとしても、「ものとする」をshallの訳の1つに挙げている例は、本稿執筆現在でもそれなりに見受けられます。また、実際の法務文書の対訳でも、shallがある箇所にもれなく「ものとする」が使われているのをときどき見かけます。

今回は、そんなshallが「ものとする」でいいのかという話です。結論を先出ししてしまうと、私としては、「ちょうどいいのも事実だけれど、これ1つに統一したくはないな」と思っています。ではまいりましょう。

 

なぜ、「ものとする」だと「ちょうどいい」のか

契約書で使われるshallは、「A shall pay…」のような形で「当事者の義務」を示すというのが教科書的な教えです。しかし、実務においては、定義条項でときどき見かける「A shall mean…」式の表現のように、義務とはとても言いがたい用法もあったりします。本来、契約書が多義的に読みうるのは避けるべきだと思うのですが、現実はそれほどキレイではありません。

私が「ものとする」をshallの訳として「ちょうどいいのも事実だ」と考える理由は、この多義性にあります。というのも、shallの訳としての「ものとする」も多義的だからです。今、私の手元に本が何冊かあります。いずれも、法令用語の使い方を解説した書籍です。

        1. 『法令用語の常識』(林 修三著、日本評論社)
        2. 『新 法令用語の常識』(吉田 利宏著、日本評論社)
        3. 『法令用語ハンドブック』(田島 信威著、ぎょうせい)
        4. 『法律類語難語辞典』(林 大、山田卓生著、有斐閣)

この4冊から「ものとする」の用法をまとめると、以下のとおりです。

        1. 義務を示してはいるものの、言い方を和らげたいときに使う
        2. 建前、原則を示す場合に、断定的な物言いを避けるために使う
        3. 解釈上の疑義を避けるための念のための規定ですよ、という趣旨で使う(私が思うに、これはかなり特殊です。この記述だけが一人歩きすることのないよう、詳細は引用元の書籍でご確認ください)
        4. 語呂を良くするために使う

A)の「義務」はshallの義務を示す用法に、D)の「語呂」はshallの現実的によく見る用法に、それぞれ対応しています。ですので、多義的に使われている原文shallに対して「ものとする」を使えば、原文と訳文とを1対1で対応させることが可能になる…という考え方もできるわけです。ついでに言うと、shallは別に「言い方を和らげる」意図はないので、その意味ではけっして等しい意味にはなっていません。

 

それでも、「最善」「正解」ではない

しかし、以上をもって「shall」は「ものとする」に統一するのが正解だというのはまだ早いでしょう。それは、あくまでも「原文shallがある場合に、訳文でも何か決まった1語を使わなければならない」場合の話です。つまり、訳文において「ここにshallがありましたよ」ということをどうしても示さなければならないという前提を充足した場合に初めて、正解になるのです。そのへんは、誤解いただきたくありません。

契約書の主目的はそもそも、当事者の権利義務を定める(&それにより、将来のリスクに備える)ことです。そんな契約書を読む目的とは、いったい何でしょうか。「自分や相手方の権利義務をしっかり把握する」ことではないでしょうか。

その意味では、shallについては、「そこにshallがある」という事実よりも「そこに義務が書いてある」(可能性がある)という点の方が重要です。そのため、全部を「ものとする」で処理するのは、翻訳をする側としては判断が楽になりますが、読む側が義務を把握するうえで最善とは言いがたいでしょう。そもそも、「ものとする」自体が義務とは限りませんし。

ましてや、明らかに義務ではない「AA shall mean BB」のような文言まで、「AAは、BBを意味するものとする」と訳すのは、どなたにもメリットがありません。「AAとは、BBをいう」で十分です。

 

というわけで、今回はshallの訳としての「ものとする」を検討してきました。「じゃあ結局shallはどうするのが正解なの?」という疑問は当然あろうかと思いますが、これはまた難しい問題ですので、次回以降に検討することにしましょう。

法務翻訳つれづれ